あまんじゃく(天邪鬼)は誰じゃ!
- 2007
- 08/10
- 17:28
我が家の柴ワンコ達が
朝散歩に行く、
広島西飛行場わきの堰堤からは、日本三景『安芸の宮島』を望む事ができます。
宮島に向いて、1km程の沖合いに、『津久根島』と言う、直径数十メートル程の小さな島が在るのですが、ここには、広島の代表的な民話の一つである、『あまんじゃく』の話が残っています。

私が子供の頃は、親の言いつけなど守らなかったりしますと、『そがいな事をしよったらあまんじゃくになるでぇ!』 などと叱られたものですが、最近は、こんな事を言って叱っているのを聞いた事は在りませんし、精々私くらいのものでしょうか・・・死語になりました。

散歩に来て、宮島や津久根島を観ながら、子供時代の事を思い出す事が在ります。
毎年、漁師仲間が船団を組み、家の漁船で連れて行ってもらった、厳島神社の管絃祭(かんげんさい)や、夜に行われる花火大会(広島では有名な宮島の花火大会は、当時は、管絃祭の催しの一つとして行われていました)の素晴らしさや、その時の楽しい思い出は、忘れる事はありません。
その道中、津久根島の辺りに差し掛かると、決まって母が、『あまんじゃく』の話を聞かせてくれました。
母の語ってくれた話は、少し曖昧なので、五日市町誌より、広島市佐伯区五日市に残る『あまんじゃく伝説』を紹介しますと・・・
道空さんには子供がいましたが、いつも親の言うことにさからう言動をしていました。
ある日、道空さんは死期に臨んで、心の中では海老山にお墓を建ててほしいと思っていましたが日頃の子供のことを考えて「私が死んだら墓は津久根島に建ててくれ」と遺言しました。
道空さんの死後、子供は今まで自分は父の言葉に背いた言動ばかりした親不孝者だった。
せめて父の残した遺言だけは守って不孝のつぐないともしようと思いました。そして遺言のとおりに津久根島にお墓を建てました。
これより以後、親の言動にさからう者を『あまんじゃく』と呼ぶようになりました。
・・・と、言う話です。

「親の言いつけを守らないとこうなるよ」と言う、昔話に込められた戒めなのですが、大人になってから考えてみると、『死に際にさえ息子を信じる事の出来なかった哀しい親の姿』がみてとれ、自分の思惑に反して離れ小島に墓を建てられて仕舞った滑稽さも、余計に哀れを誘います。
全国に、『あまのじゃくの昔話』は、数多く在るようですが、津久根島に残る『あまんじゃく』の話は、単なる昔話ではなく、事実の伝承です。
現に、島の頂上付近には、数基の墓があり、子供の頃には、お盆に墓参りをされている光景を見た事もあります。
又、数年前には、
テレビのローカル番組で、『平成3年の台風19号で道が崩れて以来、墓参りが出来ない』との依頼に応えて、依頼者にかわってリポーターが津久根島にある墓を参ると言う番組がありました。

さて、我が家の柴ワンコ達の中に、あまんじゃくなワンコはいるでしょうか。
幸か不幸か、皆、自己主張の強いストレートな性格なので、居ないようです。

何でもかんでも、3歳児にあるまじき屁理屈をつけて、自分の主張を押し通そうとする頑固者の
阿呼(あおと)は、かなりのあまんじゃくかも知れません。
ただ、その意思の強さで、痛みを堪えて少しづつリハビリを重ね、少しづつですが歩けるようになってきているので、短所は長所なのだろうと感じています。

暑さに耐えてお散歩する柴達と
辛抱人の
アオトン小僧に応援クリックを御願い致します。
朝散歩に行く、
広島西飛行場わきの堰堤からは、日本三景『安芸の宮島』を望む事ができます。
宮島に向いて、1km程の沖合いに、『津久根島』と言う、直径数十メートル程の小さな島が在るのですが、ここには、広島の代表的な民話の一つである、『あまんじゃく』の話が残っています。

私が子供の頃は、親の言いつけなど守らなかったりしますと、『そがいな事をしよったらあまんじゃくになるでぇ!』 などと叱られたものですが、最近は、こんな事を言って叱っているのを聞いた事は在りませんし、精々私くらいのものでしょうか・・・死語になりました。

散歩に来て、宮島や津久根島を観ながら、子供時代の事を思い出す事が在ります。
毎年、漁師仲間が船団を組み、家の漁船で連れて行ってもらった、厳島神社の管絃祭(かんげんさい)や、夜に行われる花火大会(広島では有名な宮島の花火大会は、当時は、管絃祭の催しの一つとして行われていました)の素晴らしさや、その時の楽しい思い出は、忘れる事はありません。
その道中、津久根島の辺りに差し掛かると、決まって母が、『あまんじゃく』の話を聞かせてくれました。
母の語ってくれた話は、少し曖昧なので、五日市町誌より、広島市佐伯区五日市に残る『あまんじゃく伝説』を紹介しますと・・・
道空さんには子供がいましたが、いつも親の言うことにさからう言動をしていました。
ある日、道空さんは死期に臨んで、心の中では海老山にお墓を建ててほしいと思っていましたが日頃の子供のことを考えて「私が死んだら墓は津久根島に建ててくれ」と遺言しました。
道空さんの死後、子供は今まで自分は父の言葉に背いた言動ばかりした親不孝者だった。
せめて父の残した遺言だけは守って不孝のつぐないともしようと思いました。そして遺言のとおりに津久根島にお墓を建てました。
これより以後、親の言動にさからう者を『あまんじゃく』と呼ぶようになりました。
・・・と、言う話です。

「親の言いつけを守らないとこうなるよ」と言う、昔話に込められた戒めなのですが、大人になってから考えてみると、『死に際にさえ息子を信じる事の出来なかった哀しい親の姿』がみてとれ、自分の思惑に反して離れ小島に墓を建てられて仕舞った滑稽さも、余計に哀れを誘います。
全国に、『あまのじゃくの昔話』は、数多く在るようですが、津久根島に残る『あまんじゃく』の話は、単なる昔話ではなく、事実の伝承です。
現に、島の頂上付近には、数基の墓があり、子供の頃には、お盆に墓参りをされている光景を見た事もあります。
又、数年前には、
テレビのローカル番組で、『平成3年の台風19号で道が崩れて以来、墓参りが出来ない』との依頼に応えて、依頼者にかわってリポーターが津久根島にある墓を参ると言う番組がありました。

さて、我が家の柴ワンコ達の中に、あまんじゃくなワンコはいるでしょうか。
幸か不幸か、皆、自己主張の強いストレートな性格なので、居ないようです。

何でもかんでも、3歳児にあるまじき屁理屈をつけて、自分の主張を押し通そうとする頑固者の
阿呼(あおと)は、かなりのあまんじゃくかも知れません。
ただ、その意思の強さで、痛みを堪えて少しづつリハビリを重ね、少しづつですが歩けるようになってきているので、短所は長所なのだろうと感じています。

暑さに耐えてお散歩する柴達と
辛抱人の
アオトン小僧に応援クリックを御願い致します。
- 未分類 |
- Comments:2 |
- Trackbacks:1 |
- Edit
夏だ!・・・どこが?
- 2007
- 08/10
- 14:59
夏だBu
毎日暑いBu
でも、それは外だけだBu
暑がりのオッチャンがいるので、土師家の家の中は、外気温差20度近くあるだBu
アオトンが自宅療養中のため、犬の散歩にも行かず、1日中家にいて、ますます白豚と化している、うちのオバチャンは、冬物の靴下・腕カバーというナイスな(?)いでたちで、寒さ対策しているだ。
え・・・どんな姿か?見たいって・・・駄目だBu・・・オバチャンのへんてこな姿を撮った写真を掲載なんかしたら、殺されるだ。
だから、オバチャンの代わりと言っちゃあなんだが、うちのアオトンの白ピクミン姿を掲載するだ。

白ピクミン・アオトン。
頭から膿がでているので、丸坊主にされた上に、白のネット包帯をかぶされたので、白ピクミンと化してしまった。
冬物の靴下・腕カバーのナイスなオバチャンに、白ピクミンのアオトンに、おまけに、朝から晩まで、パジャマで蓑虫なノルジー・・・土師家の家の中は、はっきりいって変だ。
白柴マユ様日記に負けるな!
ブロカー豚太朗に応援クリック
毎日暑いBu
でも、それは外だけだBu
暑がりのオッチャンがいるので、土師家の家の中は、外気温差20度近くあるだBu
アオトンが自宅療養中のため、犬の散歩にも行かず、1日中家にいて、ますます白豚と化している、うちのオバチャンは、冬物の靴下・腕カバーというナイスな(?)いでたちで、寒さ対策しているだ。
え・・・どんな姿か?見たいって・・・駄目だBu・・・オバチャンのへんてこな姿を撮った写真を掲載なんかしたら、殺されるだ。
だから、オバチャンの代わりと言っちゃあなんだが、うちのアオトンの白ピクミン姿を掲載するだ。

白ピクミン・アオトン。
頭から膿がでているので、丸坊主にされた上に、白のネット包帯をかぶされたので、白ピクミンと化してしまった。
冬物の靴下・腕カバーのナイスなオバチャンに、白ピクミンのアオトンに、おまけに、朝から晩まで、パジャマで蓑虫なノルジー・・・土師家の家の中は、はっきりいって変だ。
白柴マユ様日記に負けるな!
ブロカー豚太朗に応援クリック
- 未分類 |
- Comments:1 |
- Trackbacks:0 |
- Edit












































